朗読家に学ぶ余白の美
前回、井上陽水と玉置浩二の歌唱の違いを指摘した女性について書いた。彼女は独自の視点を持ち、会話の中に幾つもの気づきがある。職業は朗読家で、人に朗読を教えている。
「表現力が豊か過ぎるのはかえってアダになるんです」
朗読は作者と作品があって成り立つ。朗読家は作品を声に出し読む事により聞き手の想像力を喚起せねばならない。ところが読み手が表現に拘り過ぎると自らが主役になり、聞き手が物語に参加する機会を失するのだと言う。
「大切なのは、聞き手が参加できる余白を残す事と、作者と作品に対する尊敬の気持ちを忘れない事なんです」
そのスタンスにこそ、アナウンサーでもない、女優でもない、朗読家としての自分が深めるべき領域があるのだと彼女は言った。
優れた芸術はそうなのかも知れない。すべからく鑑賞者が参加して完成へと至る「余白」を残す。自らを抑制し、相手の存在を活かす。うぅむ、真の美は抑制の中にこそあるのだな。
⭐️ 朗読を技術として伝えようと思うなら、おそらくこのテキストは最上のガイドとなるであろう。ここには発見がある。日本語を基礎から学ぶ人にとっても「読み・書き、話し・聞き」の総合的なコトバの能力を身に着けることができる。読者は、言語を通して新しい自分をここに発見する!
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