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鬼を内に棲まわせ天意に沿って生きる

鬼を内に棲まわせ天意に沿って生きる

本日は節分である。多くの方は節分といえば「2月」とイメージされると思うが、もともとの節分は一年に4回ある。立春・立夏・立秋・立冬の前日、これ皆、節分であり分け目。この日を境に季節が新たなものへと変わることを意味する。ゆえに様々な古い厄を祓い、新たに良い氣を迎え入れる。

中でも2月の立春は、元来、新年を迎える正月の意味を持ち、節分は大晦日となる。だからこそ古人は、室町時代から2月の節分行事を大切にして、豆まきを習慣化、運氣を整えることを怠らなかった。

 

「鬼は内、福も内」と唱える天河神社

もともと、厄は「鬼」に例えられる。東洋に古くから伝わる陰陽五行説では木・火・土・金・水の5つの要素が万物に当てはめられ、鬼は「金」に属する。その金は「火」によって溶かされ弱められる。なので、「魔を滅する=魔滅=マメ=豆」に思いを託し、火を使って炒ったものを鬼門の方角に投げつけ、「鬼は外、福は内」を声高に唱えながら厄を祓った。

そんな豆まきの習慣だが、日本には鬼を外に追い出すどころか内に招き入れる御神事を行う神社がある。その名は「天河神社」。正式名称を天河大弁財天社(あまかわだいべんざいてんしゃ)、奈良県吉野にある歴史の古い神社である。

 

長年続く奇習「鬼の宿」

ここで毎年節分前夜に行われる御神事を「鬼の宿」という。昔から天河神社がある一帯は修験道が盛んな地域だった。修験道の改組は飛鳥時代に活躍した役行者(えんのぎょうじゃ)という呪術者である。彼が弟子にしていたのが前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)という名の夫婦の鬼だった。

古来、天河神社ではそれらの鬼を自分たちの先祖として敬い、新しい年(節分)を迎える前夜に、祖先の霊を迎えて祈りを捧げる。

御神事自体は社殿で執り行われるが、その後、松明には火が灯されたまま、神官の後に続き、宮司の自宅(鬼=先祖、の宿)で再び行われる。部屋には鬼の夫婦分二枚の布団が敷かれ、おにぎりがお供えとして置かれた中で、祝詞やお経、ご真言が唱えられるが、それらは全て鬼を招くための装置として機能する。

さらに、部屋には鬼が用いるための井戸水が桶に汲み置かれるのだが、水を汲み上げた際、桶の中に砂が混ざっていたならば、それは鬼が降りてきたことの証とされ、御神事をそこで終えることができる。しかし、桶の中に砂が混ざっていなければ、すでに宮司の鬼を招く霊力はなしと見做され、宮司は職を退かねばならない。そして、その年の節分祭は中止となる。

この御神事の面白いところは、この通り、鬼を排除するのではなく自分たちの先祖としてお迎えする点。「鬼は外、福は内」ではなくて、「鬼は内、福も内」であるところだ。

 

万物生成の原点はひとつ

この宇宙の成り立ちを考えると、惑星も銀河も、あらゆる全てのものは最初、高エネルギー、高密度の小さな小さなケシ粒のような一点から始まったことである。であるならば、全てのものの故郷はひとつであると考えられる。光も闇も、善も悪も、正義も不義も…、全てのものを生み出した万物の母はひとつなのだ。

一人の人間の心にも、菩薩が棲んでいる。と、同時に鬼も棲んでいる。それは決して排除すべき対象ではなく、役割を考え、理解し、手懐けてともに生きるべきものなのだ。それは個人のみならず、集団、組織、国家、人類についても同様に。

 

人類の3つのモノの見方

昨年アメリカの大統領選において、民主党の候補者バイデンが前職のトランプを破り、史上最多の票を獲得し当選したと報道された。しかし、様々な不正選挙に関する疑惑が発生し、トランプ側がその証拠があると主張したにも関わらず、司法も、議会も、メディアも、それを証拠不十分として取り合わず、今年1月の就任式を経てバイデン新政権が誕生した。

現在、地球人類には3つのモノの見方が存在する。一つには、トランプ側が主張するようにDS(ディープ・ステイト=影の政府)が存在して全人類を統括し、ワンワールドなる管理社会に向けて駒を進めているという見方。もう一つは、それらの情報は全てフェイクであり、陰謀論に過ぎず、テレビ・新聞などマスメディアが伝えることが真実であるとする見方。そして、最後の一つは、自分の暮らし以外のことは関心がなく、自分及び家族や周囲が幸せで豊かであれば良いとする見方。

それら3つのモノの見方のうち、どれが正しいと論ずるつもりはない。しかし、もし全ての物質及び現象の生みの親がひとつだとしたなら、その生みの親が許しているがゆえ3者は存在するのだし、存在する理由があるから存在しているのだともいえる。全ては必然、というヤツである。

 

全てのことは宇宙の進化のために起こる

私は、「この宇宙はいつだってただひとつの目的である<進化>に向かっている」という説を強く信じる。この世的に見てありえないとか、理不尽と思える現象も、きっと進化にとって必要であるがゆえ生じているのだと。何もかもが、きっと天意なのだ。

「宇宙」という言葉には、「全ての空間と時間」という意味がある。だから何ひとつ自分と関係ないモノはないし、ある意味、全てが兄弟姉妹と言える。

鬼も福も、本当は私たち自身。天河神社における御神事、鬼の宿。鬼を自分たちの先祖と敬い、繋がりを感じて奉る行為の中に私は真理をみた思いがする。

本ブログにおいてはこれからも、北海道における中国共産党の侵略計画や、DSが画策するワンワールド樹立などのきな臭いテーマも取り上げるが、根本的には今回書いたような宇宙の本質があって人類が物語を紡いでいるという視点を失わずにいたい。

 

 


⭐️ 今は亡き小林静観の著書からはかつて多くのことを学んだ。本書ではこの世が現在、大転換期を迎えていることを告げる。これからの時代は心の中に安心感があるか、ないかの違いが目の前の現象を大きく左右する。その安心感を得るには3つのポイントがある。

すなわち①目の前の現象にいかに不平不満を言わないか。②目の前の現象の中にいかに「うれしい・たのしい・しあわせ」を見つけ出せるか。③目の前の現象の中にいかに「ありがとう」と感謝できるか。

それぞれの日常における目の前の現象に対して淡々とこれらの作業を継続して行うこと。これこそが人生の目的であり、これにより個々の魂も宇宙も進化する。

宇宙方程式の研究: 小林正観の不思議な世界

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