追悼・女優 真屋順子さんの思い出②

心と体

 

「強い思いは、モノゴトを実現へと導く」

憧れの欽ちゃんに会って弟子にしてもらいたい、欽ちゃんファミリーの一員になりたいと強く願った数ヶ月後、人気番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』の生中継が近所の羊ヶ丘展望台で行われることを知った私は、当日、入場禁止の展望台に警備の網をかいくぐり忍び込んだ。

しかし、欽ちゃんと真屋順子さんを見つけて嬉しさのあまり大声で叫んだところ、番組スタッフらによってその場で取り押さえられ、中継が無事終了するまで軟禁状態の中、二人の夫婦コントを見守ることに相成った。

闇夜に広がる展望台の雪原の中で生中継は始まった。ロッジ周辺には松明が焚かれ、そこを馬ソリに乗ってアノラックを着た欽ちゃんと真屋順子さん、そして子役の見栄晴、三人が登場しスポットライトが照らし出す。欽ちゃん家族の巧妙なやりとりを目の当たりにした私は大興奮した。

人間はオーラなるものを持っている。まさにこの時、人気最高潮の欽ちゃんファミリーはピカピカに輝いて見えた。

昭和の『欽どこ』は、日本人なら知らない人がいないほどの名物番組で、欽ちゃんと真屋さんは安アパートに暮らす仲良くてちょっとおかしな夫婦という設定。毎回、やはりおかしな隣人との微笑ましいエピソードが繰り広げられるのだが、笑いを誘うだけでなく温かでほっこりとした気持ちにさせられるものばかりだった。

きっと見ていた視聴者の誰もが、理想の家庭像を欽ちゃんと真屋さん演じるこの夫婦に投影していたのではないだろうか。日本の良心とか理想といったものを二人は日本人を代表して体現していたようにさえ思う。

 

●『欽ちゃんのどこまでやるの!』テレビ朝日系 

*画像はスポーツ報知よりhttp://www.hochi.co.jp/entertainment/20180105-OHT1T50231.html




■月の光と真屋順子さん

凍てつく雪原の中、ずっと立ちっぱなしで中継されている様子を目の前で見ていた私は、さすがにおしっこがしたくなった。番組スタッフの許可を得て、雑木林のそばにある公衆トイレへと向かい、用を済ませトイレから出ると、そこには真屋順子さんとマネージャーらしき男性が立っていた。どうやら中継の中ほどでVTRを流し、出演者が小休止できる時間に入ったようだ。

「順子さん、こんばんは!」

「こんばんは。あなたはだあれ?」

挨拶した私に真屋さんは不思議そうな表情で応えた。

さらに私が欽ちゃんの熱烈なファンであること、弟子にしてもらい欽ちゃんファミリーの一員になる夢を持っていることを話すと、真屋さんは自分の手袋をおもむろに取り外し、

「寒いのによく来たわねぇ」

そう言うと、温かな両手で私の冷たくなった頰を包み、優しく微笑んで頭をそっと撫でてくれた。

月の光に照らし出された真屋さんの表情。まるで日本人形のように美しい横顔だった。テレビで見るよりも数十倍は美しかった。私はテレビの世界の人とばかり思っていた真屋さんが目の前にいる現実に酔った。さらにはその彼女に頰を触れられ、頭を撫でてもらった嬉しさに身も心も溶けてしまいそうになった。

 

●在りし日の真屋順子さん 

*画像はExisiteニュースよりhttps://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20180105/Gendai_434503.html

 

■真屋さんが展望台で私にくださった言葉

「時間よ止まれ。夢よ覚めないで」

私が心の中で念じたその時、マネージャーらしき男性が「順子、もうすぐ出番だ、さあ行くよ」そう言って真屋さんに退去を促した。

真屋さんは私の方へ再び向き直ると、

「夢は必ず叶うものよ。私もずっと元気でがんばるから、あなたも夢を叶えてね」

一言告げて、その場を静かに離れて行った。

真冬の羊ヶ丘展望台。雲ひとつない星空。月の光が公衆トイレの屋根を照らす。小学五年生だった私はその場に一人立ち尽くし、「生きてるって面白いもんだな・・・」しみじみとそう思った。

 

■欽ちゃんと交わしたあの時の約束

やがて中継が無事終了し、番組スタッフから明かりの灯るロッジ内へと案内された。テーブルの上には色とりどりのオードブルや飲み物が用意され、これから打ち上げの会が行われるであろう様相を呈していた。

すでにスタッフや撮影クルーなど十数名が待機していたところへ欽ちゃんと真屋さんが登場すると会場に大きな拍手が起こった。そして、欽ちゃんがグラス片手に音頭を取り一斉に乾杯。ジュースの入ったコップを持って私もそれに加わった。

その後、スタッフの一人が私の手を引いて欽ちゃんのもとへ連れて行ってくれた。憧れの人を前にして私の緊張はピークに達した。間近に見る欽ちゃんは、つい先ほど見た時よりもさらにピカピカに光って見えた。私は勇気を出して開口一番こう言った。

「お願いです!欽ちゃんの弟子にしてください!ファミリーに入れてください!」

一瞬、困惑の表情を浮かべた欽ちゃんだったが、少し間が空いた後、こう訊き返された。

「君は何年生なの?」

「小学五年生です」

答えると、思いがけない返事が返ってきて私は泣きそうになった。

「あ、そう。ダメだね。まだ早いもん!」

この時点でかなりショックを受けている私に欽ちゃんは続けた。

「君、勉強好き?」

「!?」

「これからの時代はコメディアンも勉強してなきゃなれないよ。まずは大学入ってしっかり勉強しなさい。そして卒業してそれでもなりたかったら、僕んとこおいで」

「大学を卒業したら弟子にしてくれるってことですか?」

恐る恐る訊ねると欽ちゃんはこう答えた。

「もちろん!でも今度はそこからコメディアンの勉強が始まるよ。それでもいいかい?」

「はい!」

私は飛び上がらんばかりに喜んだ。そして欽ちゃんは「じゃ、約束!」と言って私と指切りげんまんした後、なんと自分と真屋さんのサインの入った台本をプレゼントしてくれた。やがて関係者を運ぶ大型バスがやってきて、私は熱い思いで欽ちゃんと真屋さんと固く握手をしてお別れした。

 

■あれから40年の時を経て感じること

・・・ここまでが、40年前に体験したお二人との思い出の一部始終である。あの夜は、今思い出してもまるで夢みたいな不思議な夜だった。

しかし、モノゴトは絶え間なく変化する。

少年の気持ちなんて変わりやすいものだ。コメディアンになるはずだった私の興味は、やがて漫画やアートへと変化し、美術大学を目指したものの受験に失敗。その後は家業を継いで治療家となった。

今でも時々、欽ちゃんと交わした約束を思い出すことがある。そして、子供が相手にも関わらず正面から向き合ってくれた彼の誠実さを思うと、約束を果たせなかったことへの申し訳なさと痛みを感じる。もしも私がコメディアンの夢を捨てずに大学を卒業して、欽ちゃんに弟子入りしていたなら、一体どんな未来が待っていただろう。

いつの間にか昭和が終わって平成に変わり、30年間続いた平成の年号もこの春終わろうとしている。お笑いの世界も随分と変わった。キングとして君臨した欽ちゃんの笑いはやがて大衆に受け入れられにくくなった。バラエティー番組はアドリブ重視のコメント芸風のものが増え、かつて欽ちゃんが舞台で創ってきたような台本をしっかり基に練りこんだものは少なくなった。テレビをつければ次々に若手芸人が台頭しては、賞味期間の短い使い捨ての笑いばかりが氾濫している。

そして、女優・真屋順子さんは、ご存知のように『欽どこ』終了後、本当にご苦労の多い人生を送って来られた。57歳の時に脳出血に倒れ、左半身の麻痺を負うも懸命なリハビリを行って車椅子の状態で舞台へと復帰。しかし、その後新たに大動脈瘤が見つかり大手術。再びリハビリに取り組むも晩年はほぼ寝たきりの状態を余儀なくされ、私の父が亡くなった同年同月の2017年12月28日、ついに帰らぬ人となった。享年75歳だった。

 

■死とアカシック・レコード

私は今、「死」について考える。

今まで生きていたはずの人間が、この世からいなくなってしまうこの「死」という現象について考えてみる。そして、「死」について考えを巡らせている自分自身もいつの日かこの世からいなくなってしまうという現実に思いを馳せる。

いや、私ばかりではない。およそ現在この地球上に生きている全ての人は少なくとも200年も経たぬうちに、一人残らずこの惑星から消えてしまう。どれだけ歳月が経ってもそこに存在するものならば、それは「存在している」と言える。けれど、歳月とともに姿を消してしまうものならば、それは全て「幻」とは言えまいか?

では、私たち人類も、人類が創り出した技術も文化も文明も、全ては幻であり、この宇宙にとって全く意味がないものなのだろうか?

・・・いや、私はそうは思わない。

人は記憶を持っている。そして、この宇宙も記憶を持っている。

神秘思想家ルドルフ・シュタイナーが用いた言葉に「アカシック・レコード」がある。語源は古代インド語の「アーカーシャ」で、「アーカーシャ」には「本質」とか「空間」という意味がある。この広大な宇宙空間には、宇宙が誕生した元始から現在、未来に至るまで、全ての時間を包括した存在の記憶が記録されている巨大な貯蔵庫のようなものがあるというのだ。

そして、存在の記憶そのものがこの宇宙を成長・発展させる滋養となるのだ。そこには大小様々な星々の誕生から死まで、また惑星に存在する鉱物から微生物・植物・動物・人類までをも含めた全生命の歴史が情報として記録されているという。それは私たち一人ひとりの一生も同様に。

 

■人生とは終わりのある「物語」である

アカシック・レコード、それはまるで巨大なDVDライブラリーのようなものとはいえまいか。

私たちの一生はまるで一巻の映画の物語のようだ。私たちはこの世に生を受け、肉体を宿として人生を生きる。様々な出会いと感情を経験し、人を愛し、愛され、自分自身の物語を生きる。

この物語の監督は自分自身だ。そして、脚本も演出も主演ももちろん自分自身。衣装や美術、小道具だって自分で選ぶことができる。物語であるからにはリアルではない。物語であるからには始まりがあって必ず終わりがある。

面白いことに、この物語における尺の長さと主人公の性別、国籍、どんな両親のもとでどんな家庭に生まれて来るか、また人生の中にどんなプロット(仕掛け)が用意されているかは一切知らされないで物語は始まる。

私たちにできるのは、日々精一杯この物語の主人公として人生を生き抜くことだ。

もしかしたら、あなたの物語には突然不治の病におかされるというプロットが含まれているかもしれない。そして、ある人の物語には会社が倒産し多額の負債を抱えるというプロットが用意されているかもしれない。またある人はアラブの富豪と大恋愛の末結婚というプロットだったり、宝くじで10億円当選というプロットかもしれない。

プロットそのものにはもともと意味などない。善も悪もない。私たちが勝手にレッテルを貼っているだけなのだ。この宇宙は、ただただ個々の物語をより面白いものにしようとして変化に富んだ様々なプロットを私たちの人生に織り交ぜてくるのだ。それらのプロットをどんなふうに受け止め、物語をどう自分らしく面白く演じきれるかが役者の腕の見せ所なのである。

物語であるからには、主人公を困らせる要素が多ければ多いほど内容は深くて面白くなる。

何の苦労もなく全てが思い通りに展開していく物語なんて面白いわけがない。きっと多くの人は、主人公が幾多の困難を乗り越えて最終的に大きな成長や成功を手にする物語に感動を覚えるのではないだろうか。それは私たちの人生とて同じこと。

一生の中で喜びや安らぎ、幸せなどのポジティブな感情だけでなく、悲しみや辛さ、切なさなどのネガティブな感情も含めてありとあらゆる感情を幅広く経験することが、役者をより豊かにするのだ。

 

■自由の世界へと旅立った真屋順子さん

人生において、人と人とが出会うことは物語と物語が出会うことだと感じている。ブログに登場した欽ちゃんや真屋さんは、役者として私の人生物語に友情出演してくださったのだと思っている。そして、私もほんのひと時、お二人の人生物語にちょい役として出演させていただいたのだと思っている。

真屋さんの訃報を聞いた私は、久しぶりにあの40年前の不思議な夜を思い出した。

月の光に照らされて美しかった彼女の横顔。頰に触れた手の温もりと優しげな微笑み。頭を撫でてもらった時の嬉しさ。身も心も溶けてしまいそうな感情がまるで昨日のことのように心に蘇った。そして、真屋さんがあの時私にかけてくださった言葉を思い出した。

「夢は必ず叶うものよ。私もずっと元気でがんばるから、あなたも夢を叶えてね」

きっと、病床にあった彼女は再び元気な姿で舞台に立つという夢を毎日のように思い描いていたことだろう。残念ながらそれはついに現実のものとはならなかった。けれども彼女はこの肉体を去る最後の日まで、女優・真屋順子として立派にご自身の物語を生き抜かれた。昭和の時代を象徴する誰からも愛されるお母さん役として、多くの人に元気と勇気を与えられた。

物語には必ず終わりがある。そしてこの世こそが実は夢なのである。長く苦しめられた病という夢は終わりを告げ、真屋さんは今、永遠の生命となって、意識という自由の世界で再び華やかな舞台に立たれていることと思う。

真屋さんは今も私の記憶の中にいきいきと生きている。そして彼女の75年間の人生はこの宇宙のライブラリーにもしっかりと記録されているに違いない。そこに私はこう記したい。

「真屋順子。昭和が生んだ日本のお母さん。あなたの温もりと笑顔を本当にありがとう」

 

 

 

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●『欽ちゃんのどこまでやるの!』番組開始当初から最終回までのダイジェスト

 

 

 

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