座禅入門〜結跏趺坐(けっかふざ)の効用

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

導引(どういん)と称して、日頃から心とカラダの関係性や、より良く生きてゆくためのヒントをお伝えしています。導引とは、呼吸とカラダの姿勢や動きをともなう体操法、長寿法のことで古く中国で生まれました。

その中には、結跏趺坐(けっかふざ)という、瞑想する時に用いるポーズがあります。結跏趺坐なんて書くと、四文字熟語で難しく感じられるかもしれませんが、「趺(あし)」とは足の甲のことで、「結」とはその趺(あし)を交差させること、「跏」とは反対の足の太ももの上に乗せることを意味します。

すなわち、足を交差させた上、甲を反対の太ももの上に乗せたポーズのことを言います。ちなみに足を交差させずに、両足を重ねる座り方を、半跏趺坐(はんかふざ)と言います。

これらは禅仏教でいうところの座禅ですね。こうしたポーズを取りながら、呼吸を整え、「今」に集中することがその目的です。道具もいらず、お金も使わず、相手も必要とせず、好きな時に好きな場所で行うこの座禅は、心とカラダを一つに結び、心身の健康を維持増進するのに大変役立ちます。

そんな座禅、結跏趺坐の良さを、あなたにそっとお伝えしたいと思います。(*長文注意・笑)




■東洋の宝物。ヨガと導引と座禅は兄弟姉妹

日本にヨガが流行って久しいです。健康のためにヨガに関心を持つのはとても良いことですが、カラダの健康や美容にのみ関心を持って行っている人に時々出会うことがあります。

そんな時、「ヨガの本来の目的って、それだけじゃないのでは?」と疑問に思ってしまいます。ヨガにおける最大の関心事とは、生命の本質に繋がることだと思うからです。「生きる」ことは、カラダと心がともなってはじめて成立します。カラダの持ち方と心の持ち方の両方が同じくらい大切なはずなんです。

インドで生まれたヨガが、東へと伝わり中国で導引となり、さらに海を渡って日本において禅となった。こんな言い方もできると思います。これら3つは兄弟姉妹のようなもので、この東洋における精神身体文化の宝物だと思っています。

縁あって導引にたずさわり、心とカラダの関係性をテーマに研究してきた自分としては、現在の日本における一部のファッション化されたヨガの流行には「?」と感じざるを得ない時がたまにあるのです。導引の原理がそうであるように、ヨガの原理も本来はカラダの持ち方を正しくすることによって心の持ち方をも正しくする、そこを目指しているものだと思うのです。

■心にもカラダにも良い結跏趺坐=座禅

そのヨガにも、導引にも、禅仏教にも通じる結跏趺坐=座禅ですが、これをすることにより心身両面の健康にとても良い効果があります。

なぜこのポーズが良いのかと言えば、第一に長時間座るのに適していることがあげられます。結跏趺坐でも初めのうち慣れるまでは脚を交差しているところで圧迫されてしまい足がしびれますが、次第に深く組めるようになってくると交差しているところはゆるみ、足は鼠径部に置かれるため長時間坐っていてもしびれなくなります。

最初につまづき、うまく組めないからと言ってやめてしまう人もいますが、それは大変もったいないこと。続けて練習していけば多くの人が必ずできるようになります。難なく組めるようになると股関節や足首の柔軟性が高まり、鼠径部から下半身にかけての血行やリンパの流れ、経絡の流れが良くなり、内臓や生殖器の働きも高まります。また、女性のむくみや冷え性にも効果的です。

無理しないように始めて、膝や足首に痛みを感じたなら、いったんポーズを解いて休みながらでも続けてみると、やがてなんとも言えない「静けさ」が感じられるようになります。この静けさこそが、決して派手ではないけれど、深いところで喜びを感じる心身のご馳走。私は座禅を組んで瞑想する度に、そう感じています。

■座禅の方法と手順

では、具体的にその方法についてお伝えしましょう。

まず室内の静かで明るすぎない場所を選びます。正式に言えば、長い線香が1本燃え尽きるくらいの長さ(45分くらい)を1回の時間としますが、初めは15分くらいから少しずつ延ばしていかれると良いでしょう。

また、空腹時は避けて、食後は30分から1時間くらい時間をおいた後から行うのが理想です。さらには十分睡眠を取り、風邪などで体調が思わしくない時を避けて行います。

<足の組み方>

*可能であれば、座禅用に座布団を2枚用意し、1枚を敷き、その上に二つ折りにしたものを用意し臀部の下あたりに敷く。

①結跏趺坐 まず右足を左ももの上に乗せ、左足を右ももの上に乗せる。

②もしも結跏趺坐ができない場合は、左足を右ももの上に乗せるだけでも構わない。これを「半跏趺坐(はんかふざ)」と言う。

③基本は左足が上にくるが、右が上となっても良い。いずれの組み方においても膝が浮かないように気をつける。

④尾骨と両膝からなる正三角形の中心にカラダの重心がくるようにセットする。ポイントは臀部をやや後ろに引いて下腹を前に出すようにすると良い。

<姿勢>

①あごを引き、頭が前に傾かないように気をつけ、口を軽く閉じ、目は軽く半分だけ閉じる。目線は座布団の先1mくらい。

②左右の耳と肩が対応し、縦の鼻と臍が対応するように心がける。

③カラダを前後・左右に軽く小さく揺り動かし、動かした時、頭の方から見て、その交わる点を「中心点」として思い描き、頭のてっぺんがその位置にあるように心がける。

④両手のひらを上に向け、右手を下、左手を上にして重ね、両手の親指の先端を軽く触れ合わせる。この時、両手で楕円形をつくり、カラダの方へ引き寄せる。(禅仏教においてはこの楕円の中にブッダが存在すると考える)

⑤肩や肘のチカラは抜いてリラックスさせる。

<呼吸>

①肺の中の空気を一度吐き出し、出しきったところで大きく息を吸い込んでいったん止める。

②これを3回ほど繰り返す。

③できるだけゆっくりしたペースで呼吸を繰り返しながら、少しずつ吸う息よりも吐く息のほうを長くしていく。

④これらを続けることにより心がだんだんと落ち着いていくのを感じる。

<数息観>

①姿勢を整え、呼吸を整え、次いで心を整える。その方法が数息観(すそくかん)。それは自分の息を観ること。

②吸う息と吐く息で一つと数え、その一呼吸ずつを百まで数える。

③百まで数えたなら、再び一に戻り、繰り返す。

④呼吸を間違えず、数えるということ以外の雑念を振り払い、延々と続ける。

⑤もし途中で間違えたり、雑念が浮かんでしまったなら、途中で初めに戻り、一からやり直す

■スッキリしたカラダが生命を大切に思える心をつくり出す

いかがでしょう?

少し難しく感じられる方もあるかもしれません。昔々、禅師(禅仏教の僧、指導者たち)の中には、このようにして座禅を組みながら瞑想し、そのまま入寂(僧が死ぬこと)してしまう人もあったようです。

息が途絶えてしまっても倒れないというのはすごいことです。岩のように動かないカラダは、すなわち岩のように動かない安定した心の状態を表すわけです。しかし、生きて行う私たちがカラダを硬くしてしまってはいけません。生きたカラダというのは、気が流れ、血が巡っているカラダです。そこには集中とともにリラックスがなければなりません。

結跏趺坐の状態で座っていると、しばらくして背骨がピクピクとし始め、頭のてっぺんからは気が波打ち始めるのを感じることがあります。頭が痛い時、この状態で座れば痛みが取れて頭痛がスッキリしたり、ズキンズキンと痛みが起こって眠れない時などは、この状態で座り、しばらくしてから横になればすぐ眠りにつくことができます。

重かったり、痛かったり、ぼんやりしていた頭がスッキリするということは、心の状態もスッキリと清らかになるといういうことです。

そして、カラダ中で精気を感じられることが、心の姿勢にも繋がるのです。健康な生命力をカラダ中で感じることができれば、生命そのものがありがたくなり、大切に思えてきます。そうした生命を大切に思える心の姿勢そのものが、すなわちヨガの、導引の、座禅の、カラダの姿勢に一致する心の持ち方であると言えるのです。

■座禅のゴールは「無念無想」であり、「悟り」である

生命の母の胸に抱かれているという意識でこのポーズを続けていると、心がとても休まります。そうしていると、私たちのカラダがそのまま宇宙の軸であることに気がつきます。私たちの背骨がそのまま宇宙の背骨であるように感じられるのです。

まるで、杭のように感じられるその強さは、ただの杭ではなく、「気の強さ」です。そこで宇宙の気が通じるのです。

その感覚がさらに高みに達すると、やがて自分と他者とを分ける境界線はもはや存在しなくなります。この状態がまさに「悟り」。悟りとは、自分と他者との「差」が取れること=サトリなのです。

このようにカラダと心は一つであるがゆえ、カラダのあり方を極めていくことで心=意識が感応し、悟りに至ることは可能です。しかし、禅仏教において目指すべき無念無想」は、なかなか到達するのが難しいと言われる世界であります。

無念無想とは、一切の邪念から離れて、無我の境地に到達した状態を言います。多くの情報に囲まれ、忙しく過ぎていく時間の中で、絶えず考えること、思うことを強いられる私たち現代人にはそうしたことに取り組む余裕をつくり出しにくいのも事実です。

■座禅よりも簡単に悟れる方法があるんですって?

私自身は、時間を見つけて暮らしの中でこの結跏趺坐=座禅を組むことを味わい、座禅がもたらす心身両面への恩恵を日々強く感じています。

日常で繰り返される無理な思考や行動パターンによってつくり出される心とカラダの歪み、それらが座することによって静かに解消され、ストレスなき本来の心身の状態へとリセットされて、生命力溢るるパワフルな状態を取り戻せるのであります。なので、もし、あなたも興味を持たれたなら、ぜひ一度体験してみることをおすすめします。

また、座禅を組むのは苦手だけれど、悟りの状態には達してみたいと強くお望みの欲張りな貴兄も(笑)いらっしゃることでしょう?そんなことを可能にする方法なんてあるのかって?

・・・はい、実はあるんです。

来月11月5日(日)に行われますnoahnoah塾では、今回、「意識」をテーマにお話し、誰でもできる「悟りの方法」をお伝えします。こちらのほうは座禅みたいに難しい決まりゴトはあまりありません。しかしながら、偉い禅僧が長い年月かけても到達するのが難しいと言われる「無念無想」に近い状態を頑張りすぎることなく体験できるのです!

これにより、あなたが人生においてどんな大変なアクシデントに遭遇しても、重度のストレスを感じず、まるで位の高いお坊さんみたいにほっこりした気持ちでいられる状態をつくり出すことができるのです!

■講座を聴いていただくと得られる効用

今回のnoahnoah塾で私が「ねらい」としていることは次の通り。これらがうまく伝われば、参加者の皆さんにもきっとその効用を実感していただけるはずです!

●人間存在の意味が理解できるようになる。

●心の実体が理解できるようになる。

●イライラ・カッカ・プンプンから解放される。

●潜在意識(=無意識)ともっと仲良くなり、活用のしかたが分かる。

●「自然」と「自分」との関係性が分かる。

●生きるのが楽になる。

人生に疲れ、自分に自信を失っている方はもとより、心の領域に興味があってもっと積極的に楽しく人生を送りたいと考えていらっしゃる方にも、そのためのヒントを提供させていただきます。当日は、私が日々行っている座禅もご指導させていただく予定です。

■noahnoah塾・心シリーズ最終章11月5日開講!

心シリーズ最終章・意識。

すべては意識から生まれます。その根源とつながれば無限の自由を手に入れることができる。そのしくみと具体的方法を一挙公開!あなたのご参加、心よりお待ちしております!!

★noahnoah塾・いのちの学び

テーマは「心」三部作・「意=意識」

日時:11月5日(日)11:00~13:00
会場:寺子屋Kuu  札幌市南区澄川某所(*詳細はお申し込みいただいた後、お伝えします)
受講料:3,000yen(一汁一菜付)定員:10名


お問い合わせ&お申し込みはE-mailまたは☎︎で
chako20001122@docomo.ne.jp (寺子屋Kuu内田)
☎︎011-853-5134(Organic cafe 知恵の木宮本)

*PDFポスターはこちらをクリック!

noahnoah塾1105pdf

⭐️ とどのつまり、座禅を組むことの意味とゴールは、小さな肉体の自我を離れ、無限の広がりを持つ大我とひとつになること。そのための具体的方法論が座禅にはある。「自己が自己を自己する」自受用三昧(じじゅゆうざんまい)の教えと一体化し、自己が自己の実物を生き、一切のぶっ続きの生命を生きるあなたが今、ここに誕生します!

坐禅の意味と実際―生命の実物を生きる

新品価格
¥1,728から
(2017/10/20 14:46時点)


にほんブログ村 健康ブログへ

★ついでにポチッとして頂けたらうれしいです。ありがとうございます。

にほんブログ村

TAG
スポンサーリンク
AD
AD
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
AD

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA