オーガニックな音楽『ワルツ・フォー・デビー』

オーガニックな音楽

 

私自身が好きで、「この曲オーガニックだなぁ」と感じる音楽をオススメする『オーガニックな音楽』のコーナー。

今回はジャズの中からチョイスしたいと思います。基本的には電気を通してない楽曲を中心に考えているのですが、そういえば、ジャズもその範疇に入るかなと思った次第。

マイルス・デイビスにアート・ブレイキー、ハービー・ハンコックにジョン・コルトレーン・・・。好きなプレイヤーはたくさんいるけれど、今回ご紹介するのはビル・エヴァンス

きっとジャズ好きで彼の名前を知らない人はいないのではないかというくらいメジャーで巨匠な天才ピアニストです。しかし、彼の実生活は「オーガニック」な世界とは誠にかけ離れたものでした。それゆえ、彼は苦しみ、悶え、死にいたってしまうのです。そこに見えるのは強烈な光と影のコントラスト・・・




■エヴァンスの硬い表情のワケ

ビル・エヴァンスと言えば、その華麗なテクニックや優れた作品群、アーティストとしての輝かしい成功とは裏腹に、私生活では麻薬の常習者というを苦しみを一生抱えこんだ人でした。

生前彼が残したポートレイトを眺めると、端正で知的な雰囲気を醸し、まるで哲学者の如き風貌です。演奏スタイルもクラシック音楽の影響を強く受け、ポートレイトの風貌と音楽とが相まって、エヴァンスといえば知的でクールで貴族的というイメージをもつ人が多いと思います。

けれども本当の彼は、冗談好きでよく笑う笑顔が素敵な青年だったようです。それがなぜあのようにクールな印象を与える写真になったのかと言えば、それは「麻薬」のせいなのです。

大学卒業後に徴兵され、3年間にわたり軍楽隊でフルートを吹く生活の中で麻薬と出会い抜け出せなくなってしまったエヴァンスの歯は、ボロボロでとても写真に収められなかったといいます。なので、笑って歯を見せた写真はほとんどありません。麻薬に蝕まれた歯を隠す必要があって、あのようなクールで硬い表情のポートレートばかりになってしまったのです。

 

■名盤とビレッジ・ヴァンガードでの体験

徴兵を終えたエヴァンスはニューヨークに出て、ジャズピアニストを仕事にします。その後、トランペットの巨匠マイルス・デイビスとの運命的な出会いを果たし、彼がエヴァンスの才能を認めピアニストとして雇います。しかし、エヴァンスには麻薬をはじめ、いくつかの問題があり、やがてエヴァンスはマイルスの楽団を解雇されます。

その後、エヴァンスは自分のトリオを結成し、一枚のアルバムを制作します。その作品が今回ご紹介する『ワルツ・フォー・デビー』。このアルバムはニューヨークのグリニッジ・ビレッジにあるジャズの聖地「ヴィレッジ・ヴァンガード」で実況録音されました。

 

私は青年時代、この名盤が演奏された場所の雰囲気に浸りたいがため、このライブハウスを訪れたことがあります。歴史ある佇まいには感激したものの、クロークでコートを預ける際、受付の白人女性から人種差別を受けました。その晩は、地元でも人気のある白人フュージョンバンドのライブがあったのですが、周りの客は白人ばかり。アジアから来た黄色人種と思われる客は私以外にはいなかったように記憶しています。

クロークの白人女性は、私のコートをイヤそうに摘まみ上げると、軽蔑したかのような目で睨み付け、一言「Jap!」と言い放ち、ぞんざいな扱いで奪い取るようにしてハンガーにかけたのです。それに引きかえ、後からやって来た白人客に対してはまるで別人のように淑女な接客ぶり。

彼女がどんな思想を持っているのかは知りませんが、これが「人種差別」というものなのだなと感じました。これにより、ジャズの聖地ビレヴァンの魅力が私の中で一気に半減してしまったのはいうまでもありません。

この体験は1991年1月のことでした。悲しいことに、現代においても人種差別は存在するのです。実はエヴァンスがマイルス楽団を解雇された理由の一つにも、マイルスが黒人でエヴァンスが白人だったことからくる逆差別があったと言われています。

 

■名作『ワルツ・フォー・デビー』について

閑話休題。アルバム『ワルツ・フォー・デビー』についてですが、この作品の魅力は、ピアノとベースとドラム三者のなんとも言えないかけあいのうまさでしょう。

エヴァンスは、もともと左利きだった上、さらにクラシック・ピアノを学んだことから和音をとても見事に奏でます。そこにスコット・ラファロの音域幅の広いベースが加わることでエヴァンスの和音の魅力がより立体的に引き出されるのです。ポール・モチアンが刻むドラムの表現力も申し分ありません。結果、ここにはまるでトリオ編成とは思えないほどの豊かな音楽空間が誕生しています。

アルバムタイトル曲となる『ワルツ・フォー・デビー』は、エヴァンスの兄ハリーの娘であるデビーの3歳の誕生日に、エヴァンスがそれをお祝いして書いたものです。優しく柔らかなメロディーの中に、これから伸びゆく生命力の萌芽がしっかり表現されている大好きな曲です。

1961年の録音にも関わらず、全く古さを感じさせない上、何度聴いても飽きず、その都度違った良さを発見させてくれる名作アルバム。例えていうならば、それは「土鍋炊きあずき入り玄米ごはん」、それが私にとっての『ワルツ・フォー・デビー』なのです。

 

■エヴァンスの情熱と愛

麻薬常習者としてのエヴァンスは、いくつもの健康問題を抱えたまま、ジャズ界のトッププレイヤーとして活動し続けます。ある時は、ヘロインを右手に注射し過ぎたために神経が麻痺して右手が使えなくなり、左手だけで演奏したこともあります。にも関わらず、聴衆はそれに気がつかなかったというのですから、その演奏は天才的というよりほかありません。

しかし、エヴァンスの体調はさらに悪化し、長年の薬物乱用により肝機能障害が起こります。その頃から肥満が目立ち、指が激しくむくむこともありました。ある時はとなりの鍵盤も一緒に押さえてしまい、演奏が困難になりました。周りの人たちは治療に専念するよう彼を説得しましたが、彼は活動を止めず最後の最後まで演奏し続けました。

晩年のエヴァンスは、「私のピアノテクニックの8割は失われた」と周囲に漏らしています。それでもさらなる上達を目指し、常に進化を遂げていたエヴァンス。彼がこの世に残した全ての作品は、自らの仕事への愛情と執念に溢れています。

しかし、麻薬に溺れていた彼を、私がなぜ「オーガニックな音楽」のおすすめアーティストとして推薦するのか?

それは、彼の音楽に対する情熱と態度が「オーガニック」だと感じたからです。優れた技術に裏打ちされた演奏には誰もが天才性を感じることと思いますが、それを可能にしたのは彼自身の音楽に対する揺るぎない愛と情熱だったことが生前残された言葉から感じられるからなのです。

影に隠れた麻薬の存在と、それがやめられない人間としての苦悩。しかし、それがあったがゆえ彼はその苦しみを最大限、あのような素晴らしい音楽として昇華することができたのではないかと思います。

 

〜DVD「THE UNIVERSAL OF MIND BILL EVANS」

ビル・エヴァンスへのインタヴューから引用

 

 

今の自分にとって、ジャズは私の人生そのものです。ニューヨークにきた時、現実にぶつかりました。

「どうやって食べて行こうか」ってね。

そこで、私が出した答えは「ピアノを弾きつづけよう」というものでした。色々なものに手をだすと、結局、すべてが見えなくなります。だから、選ぶのです。

「自分が力を発揮できる分野」を選んで、そこで全力を尽くせばいい。そうすれば、結果的に全体が改善されます。

つまり私ができる音楽にすべてを注げば、自分が望むような波及効果が生まれると思うのです。自分に向き合って、無意識になるまで、繰り返し繰り返し練習すること。私自身もそうやってきました。

それだけ時間をかけて、自分の感情を自由に表現するための技術を磨いてきたのです。才能があるなんて思っていません。技術を磨いてるうちに、分析力が身についたのです。苦労するうちに、自然と学んでいたのです。

おかげで問題に直面をしたときの対処法や、自分を表現するために何が必要か、どれだけ努力するべきかが、よく分かるようになりました。つまり苦労をすることには、価値があるのです。

多くの人は、問題の大きさにすら気がつきません。簡単に乗り越えられないと気づくと、すぐに自分に能力がないと決めつけて、あきらめてしまいます。けれど、問題を理解すれば解決の過程を楽しめるのです。

28になるまで、自分の演奏に納得がいきませんでした。でも、ステージに上がれば、スイッチが入ります。

人は、結果を求めてしまうばかりに基本の問題に取り組むことを忘れてしまいます。でも、この「基本的な問題」こそ、現実的に対処するべきなんです。

何かで成功する人は、必ず最初から現実的な視点をもっているものです。「即興に聴こえる音楽を作れ」、「自然な音を作れ」とね。つまり音楽とは、自然に生まれる音を使って語りかけることなのです。

演奏してる時に自分の音楽について考えてはいけません。一瞬にすべてをかける音楽じゃなければいけないんです。

大切なのは「基本を弾く」ことです。シンプルだからって 退屈とは限りません。

 

あきらめずに弾きつづければ、必ず誰かが認めてくれます。ピアノだけに限らず、それが私の生き方なのです。

 

〜ビル・エヴァンス

 

 

ニューヨークで一度エヴァンスを解雇したはずのマイルス・デイビスでしたが、それでもマイルスはエヴァンスのピアノが忘れられませんでした。これから世界をあっと言わせる新しいジャズを創っていくためには、エヴァンスにしか弾けないピアノの響きが必要不可欠だったのです。そしてマイルスは再びエヴァンスに声をかけ、たった一日限りの共演が実現しました。

そして出来上がった一枚の作品が、のちにジャズの歴史に残る金字塔となったマイルス・デイビスの名盤『カインド・オブ・ブルー』だったのです。エヴァンスのピアノは、マイルスの独特なトランペットの音とあいまって、それまで誰も経験したことのない音楽世界を新たに創り出すことに成功したのです。

 

エヴァンスのピアノはいつだって生命力に溢れて美しい。けれど美しいだけじゃありません。人生の深みを感じさせてくれるのです。それは、私の考える「オーガニック」そのものです。

 

 

 

●Bill Evans 『Walts for Debby』

 

 

 

⭐️ 自らもピアニストである著者ピーター・ペッティンガーが愛し尊敬してやまないエヴァンスについて深く掘り下げ書いています。まずその情報量に驚かされ、エヴァンス自身の生きた言葉に触れられることが何より素晴らしい。より深くエヴァンスについて知りたい人にとって本書は格好のテキストとなるに違いありません!

ビル・エヴァンス―ジャズ・ピアニストの肖像

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