今年最後のnoahnoah塾、無事終了。お伝えしたかったのは「悟り」でした。


先日、今年最後のnoahnoah塾が終了いたしました。ご参加くださった受講生の皆さん、本当にありがとうございました!

今回のテーマは「心シリーズ3部作」・最終章の「意識」について。いささか抽象的なテーマゆえ、興味を持ってくださる方は少ないかな?と思ったのですが、当日ありがたいことにちゃんと定員ぴったりの受講希望者さんが集まってくださいました。

しかも、普段から「心」や「意識」について考えたり、大いに関心がおありという方が多かった。よく「21世紀は心の時代」と言われますが、本当にその通りだなと実感しました。

戦後、物質的には随分と豊かになった私たち日本人ですが、心の奥深いところでは「何かが足りない」とか、「本当の幸せって何だろう?」そう感じている方というのは案外少なくないのかもしれません。

かくいう私も若い頃から「心」の問題については悩み、格闘し、長く考えを巡らして参りました。そして、おぼろげながら答えが得られた今、こうして皆さまにそれをお話させていただく機会を与えていただいていることをとても面白く感じます。

さて、当日お話させていただいたのはこんな内容でした・・・

■いのちのルーツに繋がる物語

自分が生まれて来た「いのちのルーツ」には一体どんな物語があるのだろう?

・・・昔からそのことがとても気になっていました。

今、自分は肉体を持った一人の人間としてここにいる。なぜいるのかといえば、男としての父と、女としての母が愛し合って結ばれた結果として自分がここに生まれたわけです。であるなら、父と母と私は一つの「つながり」を持った存在といえます。

そして、父と母にも、やはりそれぞれにつながりを持つ父と母がいて、それをずっとはるか向こうにさかのぼって行けば「いのち」のルーツが見えて来ます。そして、そこには「いのち」を生み出す「舞台」となった「天地創造」や「地球誕生」の物語も当然あるはずなのです。

古代の人々も、おそらくはそうした思考を繰り返して来たのでしょう。世界中のいたるところにそうした「神話」と呼ばれるものが存在します。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教であれば旧約聖書に記された天地創造の物語があり、インドのヒンドゥー教徒であればウパニシャッド神話があり、この日本においては古事記や日本書紀で語られた日本神話があります。

■戦後、GHQにより失われた私たちの神話

しかし、戦後、 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策により、私たち日本人は洗脳を受けます。それは、今までの戦争では決して行われなかったような政策でした。その裏には、有色人種への差別や日本民族に対する恐れがあったように思います。

GHQの政策とは、まず日本を戦争できない国に変えること。日本人から誇りと歴史を奪い、骨抜きにしてしまうことでした。神風特攻隊に脅威を感じた連合軍は、神道指令と教育改革によって日本精神を排除しようと考えました。それまで日本では長い間、「神道」が人々の精神の根本をかたちづくっていました。

神道の教えを通じて、森羅万象との繋がりや大自然や神への感謝の気持ちが、幼い子供から年長者まで多くの日本人の心に染み込んでいたように感じます。しかし、GHQがこの国家神道を廃止し、神道の影響力を極限まで抑え込んだのです。現在でも、宗教に対して抵抗感がある人や武道を学校で教えることを嫌がる人がいますが、これらももとをたどればGHQによる宗教否定に端を発します。

次いで、教育改革では国に忠誠を誓う行為を禁止し、日の丸や君が代は軍国主義の象徴であるという教育が行われました。現在でも、学校で君が代を歌わない教員がいると時々話題になりますが、これも反日教育の結果と言えます。

●戦後GHQの占領政策の本拠地となった第一生命保険本社ビル(1950年撮影)

ウィキペディアサイトより

よく調べてみればわかることですが、「君が代」はなにも天皇崇拝や軍部崇拝をあおるものではありません。意味がわかれば、「自然と調和したいのち」を大切に考え暮らしてきた日本人にはぴったりの国歌だと私は感じています。

悲しいことに、戦前・戦中を通じ、神道が軍部によって国家神道というカタチで悪用されたのも事実ですが、先に述べたGHQの占領政策により、戦後多くの日本人が「いのちのルーツ」となる神話を失ってしまいました。

いのちのルーツを失うということは、自分自身のルーツを失うことと同じです。それは個人においては、存在の不安、生きている意味の喪失に繋がります。物質的には恵まれているのに何か心は満たされない、そうした思いの背後には「神話を失ってしまった日本人」があるように思うのです。

■健やかと幸せの鍵は「意識」にあり

noahnoah塾では、初めに「私たち自身の新しい神話を創造しよう」という提案で、私のイメージする天地創造の物語についてお話しました。そこでキーワードとなったのが講座のテーマである「意識」です。

そもそもこの宇宙の始まりにあったのは「意識」でした。意識は物質ではありません。それゆえ時間や空間の制限を受けません。そして私たち一人ひとりの意識もそこに繋がっています。

そこは平和で静寂と安らぎに満ち、それでいてパワフルで無限の創造性と可能性に満ち溢れています。なので、私たちは原初の宇宙の意識にアクセスできれば、いつだって健やかで幸せなほっこりした気持ちで日々を暮らすことができるのです。逆にそこから離れてしまうと、個人的な不安や悩み、恐れの感情が生じるのです。

私たちの意識はいくつかの層に分けられ、中でも人間として成長して行く段階で「思考」による自我意識の強化が起こります。それにともない「私」という概念がつくられるのですが、それが強められすぎることにより、本来いのちが全て一つであることを忘れてしまうのです。

いのちの親であるおおもとの「意識」と繋がる方法。それには「思考すること」「考える」ことを一時的に止めることです。禅仏教などで座禅を組むのもこれに似ています。まさに思考を止め、雑念を振り払い、釈迦が体得した「悟りの境地」を体験しようという試みが座禅なわけです。

■「悟り」ってそもそも何なのか?

座禅そのものは素晴らしいものですし、私も時々行います。現在では世界中に広まってもいます。しかし、肉体の時間は有限です。私たちには「悟ること」を目的として達磨大使みたいに長い時間座っていられるほどの時間的余裕はありません。

では、普通の人が普通の暮らしをしていたのでは悟れないのか?といえば、さにあらず。実は、悟りは取り立てて難しいことをしなくても誰もが簡単に体験できるものなのです。

そもそも、悟りとは一体何なのでしょう?

それは「サ(差)をトル(取る)」ことを意味します。何の差なのかというと、自分という意識と、一つの意識である全体性との差です。最初一つしかなかった意識が、理由があって個々の肉体に分かれ、「私」という自我意識=分離意識が生まれ、それぞれの人生を体験します。

しかし、私たちは肉体に備わった五感があまりにリアルに感じられるため、自己の存在の本体がこの肉体ではなく、体験の主体である「意識そのもの」であり、それが原初の意識と一つに繋がっているものであることを忘れてしまうのです。その差をなくすのが悟りということなのです。

「悟」という字は、「心(りっしんべん)に五つの口」と書きます。五つの口とはすなわち、見る、嗅ぐ、聞く、触れる、味わうの五感を指します。その五感に心がともなったものが肉体を持った「私」という存在です。それから「リ(離)する」のが「サト(悟)−リ(離)」。

つまりは、小さな個人としての肉体人間の「私」から離れて、自分が意識としての「大きな一つの全体」であることを思い出すこと。それが私にとっての「悟り」の定義です。

■「意識」と「3」を使った悟り方■

実は、そんな「悟り」の境地に、座禅を組んだり、滝に打たれたり、大変な修行をしなくても誰でも簡単に達することができるんです!noahnoah塾当日は、その具体的な方法についてお話しました。

それは意識を使った方法であり、キーワードとなるのは「3」という数字です。「3」という数字は大変面白い数字で、洋の東西を問わず、神秘主義においても大変重要な数字と考えられています。

それは、3つの要素のエネルギーがそろうことにより、状況が変化し、世界に現実として現れるという考え方です。まず1つ目は、受動性のマイナス。そして2つ目は、能動性のプラス。最後の3つ目は中和性のゼロ。これら3つの要素全てが働くことで現実に変化が生じるのです。

それには、意識を集中する対象を2つ用意し、それを意識する自分(3つ目)を感じます。これら3つがそろうことにより、ストレスや悩みが自然と軽減したり、他者の痛みや不調が消失もしくは改善へと変化するのです。

当日は受講生の皆さんにも考え方と意識の使い方を説明して、実際にペアを組んで演習を行っていただいたところ、わずか数十秒患部を指で触れているだけで凝っていた筋肉が柔らかくなったり、痛みが取れてしまったりということが普通に起こりました。

・・・そうなんです。意識の使い方さえ分かれば、誰もが悟れ、ヒーラーになれるのです!もちろん、安定した意識の使い方ができるようになるには何度も練習が必要にはなりますが、わずかな時間の講義でも多くの方が変化を実感されるくらいですから決して難しいことではないのです。

逆に、この3つの要素が全部働かないと現実が動きません。いくら気のエネルギーを使ったり、ポジティブシンキングに徹してもなんら状況が変わらないと思っている人は、もしかしたら、意識の力の使い方を間違えている可能性が高いかもしれません。

■悟りとともに生きるということ

そうした演習を交え、変化を感じていただきながらお伝えさせていただいたnoahnoah塾・「心シリーズ3部作」。

私が皆さんにお伝えしたかったのは、「この人生は素晴らしい幻想であること」。「私たちの存在の本質というのは、この肉体の中に限定されて在るものではなくて、自由で創造と可能性に満ち溢れた意識そのものであるということ」。

そのことを知り、絶えず変化していく瞬間の中にあって、幻想の中で大いに遊び、学び、自身の魂を成長させていくこと。そして、この人生においていかなる困難に見舞われようとも、全ての本質が一つであることを決して忘れず疑わないこと。

それこそが、悟りとともに生きるということなのです。

子供の頃から考え巡らせてきた心の問題。私はそれを長い間ずっと一人で考え続けてきました。時には心理学や宗教、神秘思想についての本を読んだり、宗教団体や組織に所属して活動してみたり。時には危ない目にあったり、失望して自暴自棄になったりしたこともありました。しかし、体験してきたこと全てが必要だったと今ならわかります。

自分の中で答えを導き出せたと感じる今、こうして機会をいただき、それを人様にお話しさせていただくことになるなんて、若い頃は夢にも思いませんでした。おかげで私自身が思考を整理でき、心の全体像と人が生きることの意味を再確認できました。

この機会を与えてくださった寺子屋KuuオーナーのマダムUさんに改めて感謝いたします。そして、お時間を取って塾にご参加くださった受講生の皆さんに心から感謝申し上げます。私の拙い話の中から少しでもこれからの人生に役立つヒントを見つけていただけたら幸いです。

noahnoah塾、また来年も開講予定とのお話をいただいています。さらにパワーアップして面白くためになる話を皆さんにご提供できるよう日々精進して参りたいと思います。私を生かしてくださる全てのモノ、コト、ヒトに本当にありがとう!

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投稿者プロフィール

noahnoah
noahnoah
治療家。マクロビオティック指導家。導引研究家。子供の頃から「生きる」ことの不思議に興味を持つ。20代で放浪の旅に出たインドで九死に一生を得る体験をする。以来、宇宙と生命の繋がりについて考えるようになる。現在、モノを書くことを通じて宇宙生命の神秘に近づこうと奮闘中!
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