回る教団


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仏教に密教があるように、イスラム教にもスーフィズムと呼ばれる異端の派があります。

一般的にイスラムが唯一神アッラーを自分の外なる世界に求めるのに対して、スーフィズムは神を自分の内なる部分に見出し、神人合一を目指すため、主流派からは異端視されているのです。

でもこれって、急速に広がりつつあるスピリチュアリズムの考え方そのものなんです。古くて新しい、根源的なものにつながる世界観がそこにはあるわけです。

スーフィーという名前の由来は羊の毛皮を意味する「スーフ」からきています。スーフを身にまとった修行僧が、旅をしながら精神の探求を行ったためそう呼ばれるようになりました。

 

私がこのスーフィズムに興味を持ったのは、以前、家族で暮らしたことのあるトルコのイスタンブールで、スーフィーの一派・メヴラーナ教団による旋回舞踏を観たのに端を発します。この教団の創設者はメヴラーナ・ジャラルディン・ルーミー

 

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●メヴラーナ・ジャラルディン・ルーミー

 

13世紀にルーミーはアフガニスタンの神学者の家に生まれ、信仰深い家庭に育ちます。後に成人し、教団を主宰します。そして、中央アジアを巡礼中、人生の師と出会います。師の教えに触れたルーミーは人生観を変えられるほどの衝撃を受け、師の教えに夢中になります。

しかし、その頃すでにルーミーの教団は多くの信者を抱える組織に成長しており、師に溺愛しているルーミーを見かねた信者から不満の声が上がるようになりました。状況を察した師は無言のうちにその場を去ります。ルーミーは師を失った悲しみから来る日も来る日も我を忘れ踊り続けました。

 

このことから、旋回舞踏は生まれたのです。この舞踏は独特の衣装によって踊られます。頭には墓石を象徴する長い帽子、腰から下は墓に盛られた土を象徴するスカートを身に着けます。これらには「エゴを滅却する」という意味があります。

そして、右の手のひらを上に、左の手のひらは下に向け、天を仰ぎ見るスタイルでくるくると回転しながら左まわりに回っていきます。基本的には2人の指導者と9人の弟子により踊られるものでこれは太陽と月、そして太陽系の9つの惑星を表現しています。

 

■神秘の舞に魅せられて■

初めて観た時、その静謐さと神秘的な魅力に釘付けになりました。今までどの国で見た舞踏にも属さない、不可思議で宇宙的な美しさがその舞踏にはあったのです。それは宗教というよりも芸術や哲学に属するもののように思われました。

そして、一時本気でこの舞踏団に入団させてもらおうかと考えたこともありました。しかし、弟子になるには総本山のあるコンヤという町へ行き3、4年住み込みでまかないの下積みをしなければなりません。妻子がいては叶いそうにありません。

また、試しにとイスタンブールの公園に立ち、自分がどれ位できるものか両手を広げてくるくると回ってみたところ、ものの数分で、神を見るどころかくらくらに目が回り、芝生に倒れて吐きそうになりました。これでもかとムキになって回ったのが良くなかったのでしょう。

その気持ち悪さと言ったらたとえようもなく、何やら体の中に目が回る回路が出来上がってしまったみたいで、回転を連想させるものを見るたびに、体が反応してめまいを繰り返し、帰国してからもしばらく続きました。

例えば、床屋さんのサインポールを見ると吐きそうになる。遊園地の回転木馬を見ると吐きそうになる。回転寿司で回るすしネタを見て吐きそうになる・・・などなど。

これじゃ、叶うはずもありません。回転することがこんなに大変なことだったとは。優雅に回る彼らはきっと血のにじむような訓練を経たに違いない。神との合一は私のような生半可な気持ちじゃ達成できないと悟り、私は舞踏団に入団するのを断念しました。(けれど、独身だったら入団して特訓を受けていたかも)

 

 

■ルーミー・愛の詩世界■

話がそれましたが、そんなわけでスーフィズムは、礼拝、舞踏、瞑想、音楽、詩作などの行為、修行を通じて、神とひとつになることを目指すとてもアーティスティックな宗派です。いえ、これは宗教を超えた「ひとつの生き方」です。

日本で知る人が少ないのはとても残念なのですが、前述のルーミーはペルシャ語で書かれた美しい詩を多く残し、現在も世界中に沢山のファンを持ちます。それは宗教、宗派に関係なく、純粋に詩を愛する人たちによって支持されています。例えば歌手のマドンナもルーミーの詩を愛する一人です。

 

私たち人間の表現は本来、大変バラエティーに富んでいます。イスラム教神秘主義-スーフィズムは中世という時代に咲いた宗教文化の華だと思います。そこにはユニークな宇宙観がまるで汲めども尽きぬ泉のように存在します。

私たちが自分の枠を取りはらい、心の耳を澄ませば、そこから今まで聞こえなかった音が聞こえてくるかもしれません。

最後にスーフィズムの詩聖・ルーミーの作品から、私の好きな一篇の詩をご紹介してこの日記を終わりたいと思います。

 

速やかに自我から自由となれ。

鍛え上げられた剣のごとくなれ。

悔恨のさびをすべてそぎ落として、

鋼鉄の鏡のごとくなれ。

 

-メヴラーナ・ジュラルディン・ルーミー 

 

 

●イスタンブールのメヴラーナ教団

 

 

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noahnoah

治療家。マクロビオティック指導家。導引研究家。子供の頃から「生きる」ことの不思議に興味を持つ。20代で放浪の旅に出たインドで九死に一生を得る体験をする。以来、宇宙と生命の繋がりについて考えるようになる。現在、モノを書くことを通じて宇宙生命の神秘に近づこうと奮闘中!

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